J’aime le théâtre♡

観劇日記。

『美しきものの伝説』

戯曲に惹かれて以来いつか上演を観たいと思っていたし、新劇系7劇団による「新劇交流プロジェクト」って企画がアツいよね。俳優座劇場の廊下にある先人たち(少し後の時代の方々だね)の肖像も今日は思わず立ち止まって眺めてしまったよ。

 

演劇と思想/政治/社会運動がコインの表裏のように一体であった時代の話だ。

 

民衆

クロポトキン大杉栄の翻訳、ロメン・ロォラン「民衆劇論」

生活に追われず知識を備え芸術を楽しむことのできる"民衆"をまず作らないと、って。

 

民衆を信じるか否かとか、民衆を発見したとか、民衆の中に入って行くとか、演劇人がそういう立場・視点であること自体、現代の演劇ファンにとっては違和感じゃん?そう感じない人たちもいるのかな?

まぁ「お客さんを信じる」とかっていう話は時々聞くけどねぇ。

 

そう言えば私この3日間で能歌舞伎新劇って観てるw

まぁ普段「新劇」と意識することはないよな。ここらへんは"老舗劇団"って見えてる。振り返ってみると私はこれらの劇団へは主に翻訳劇を観に行ってるかな。

文学座俳優座は今も「新劇」を標榜してるのか?社会運動色を持つ(民衆に働き掛ける)新劇の劇団として発足はしたのだろうけど。あ、四季もスタートはここだったんだね。

社会派ってこと?娯楽・商業ではなく芸術だっていうところ?

確かに組織形態や活動内容からまぁなんとなくそんな感じはするかな。

新国立とか公共劇場でやってるのも新劇ってことになるのかしら?

今はもちろん、新劇運動が始まった頃のように「民衆を教育・啓蒙する」みたいなことは言わないけど、「社会と繋がる」とかは言ってるよね。「社会の役に立つ」と言うこともある。これについてはコロナ禍でのいろいろを経て、役に立とうとすることって危険では?役に立つものしか存在しちゃいけないっておかしくない?と考えるようにもなっているけど。

それにつけても今日の客席あまりに年寄りばっかりで唖然とした。だいじょぶですか?

 

魅力的だったのは荒木真有美さん(俳優座)が演じた野枝。屈託なく、わけわかんない逞しさ。どんどん子ども産んでさ。

古谷隆さん(青年座)の学生久保も良かった。というか、抱月先生とのあのシーンが良かったのかな。あら「一本の杭」ってルソーの言葉なの?

いろんな人の独白シーンがある、みんなにスポットが当たる群像劇ね。狂言回しの突然坊は女優2人でやってて、そこだけ現代っぽく別時空の人に見えて面白かった。

 

大杉と野枝の最期(甘粕事件)は酷いんだよねぇ。そんなことへと向かって行くこの時代、"ベル・エポック"なんかじゃない。

怖いよ。今だってそうかもしれないから。 

貴婦人クレールの来訪のようなきっかけがあれば、人々/社会は容易にどうにでもなってしまう。

 

社会主義の理想に燃えロシア革命に沸き立っている彼らの姿は後世の我々の目には儚く遣る瀬なく映る。私には抱月先生の言う「二元の道」がやっぱりしっくりくるし、演劇はちゃんとしたビジネスであって欲しいと思っている。

でも日本の近代演劇はこういうところから始まって今に至るのだということを知るのは面白い。

 

今秋に流山児事務所でもこの戯曲が上演されるけど、こちらは演出家も若いし登場人物たちを"尊い先人たち"としてではなく"悩み足掻いていた若者たち"という描き方をしてくれるみたいなので期待する。

まぁその前にオーソドックスと言うか新劇の立場で上演されたものを観れたのはよかったかもね。新劇という概念を認識して、改めて現在の演劇シーンを見渡すことにもなった。若い劇団員たちはどう感じてるんだろうね。「新劇はどこへ向かうのか」とたぶん出演者のどなたかがツイートしてたけど、自劇団のルーツを意識し現状も見た上で、さて、と思うわな。

私はこれからもいろいろ観るぞー!何だって観るぞー!って思ってるよ😊