J’aime le théâtre♡

観劇日記。

『冒険者たち』横須賀公演

ヨコスカ・ベイサイド・ポケットにて大千穐楽㊗️

途中中止になった公演もあったものの(今日は江ノ島の弁天様が大和のベトナム料理店を宣伝してたね「水曜定休」ってw)、なんとか辿り着きましたね。おめでとうございます💐


だいぶ大きな箱だった所為かなんか今日の空気の所為か分からないけど、芝居の密度がちょっと物足りない、台詞とかも若干散漫な気がしてしまった。白輪園長の玉竜捕獲は布がヘタってて大縄跳びみたいな美しさに欠けたし、駅伝テープ跨ぎのとこも2人の動き・音楽がバチッと合ってなかった。他にもハプニング多かったもんね😅


鶴見区役所員がひゅっと神様になった時、あ、白輪園長から見えなくなった!って分かったよ。すげぇ。


今日も面白い空海三蔵法師のコーナーw

「現世」をもっとちゃんと見据えた方がいいんじゃないですか?だった。

後で冥界箱根駅伝のとこでも、お弟子さんたち現世で頑張ってますよと言ってたよね。

あんなにお腹が空いちゃう三蔵法師はなかなかに俗だよなー。てか、あの清廉な三蔵法師だって腹は減るってことか。恋心もあるし、意志の揺らぎだってある。


河童くんはなんで真言にハマってるんだろうね。三蔵法師を紹介されてワーッてなって身体を揺すりながらお経を始めちゃうのとか「新しいの教えてよー」とか言うのかわいい「母ちゃんが泣いてる母ちゃんをいじめたな!」も可愛いよねー


スカジャン工房の山下くん!裏で転んでガシャーンて音がしてお茶ほとんど溢しちゃった🤣「ちょっとだけある」「ちょっとだけあるお茶いただこうかな」って英二さんと成河さんサイコーw

上手端の方に座ってたからちょこっと裏が見えてて(玉竜がスタンバってるのとか悟空悟浄が影絵を操ってるのとかも影絵自分でやってたんだな!)、成河さん転んだとこは見えなかったけど音と共にお茶セットが飛び散ったのは見えて、思わずだいじょぶ?って呟いちゃったんだよね。成河さん一所懸命拾い集めて出て来たんだな。急須のフタがお盆に乗っかっちゃってたものwそれ見て英二さんニヤッとしながら戻してたものw

そう言えば角銅さんも空海のシーンだったかな?パイプを振り回すやつマイクにガツンとぶつけちゃってた😅


チャッていうやつ好き!めっちゃ真剣な顔で慎重な動きの成河さん。玉をもらう動きいいよね!

弁天様のキャラもすごく好き。神様だから何でも知ってる、でも影取池のこと分からなかったのは、それが仏様の領域のことだからなんだ。なるほど。


愛しの金次郎くん❤️

銅像たらんとしてる時の片足をスッと後ろに引いてる立ち姿、バレエダンサーみたい。

「あわぁ!目線が上がりましたよ!」


 さーんげさんげ(懺悔懺悔)、ろっこんしょうじょう(六根清浄)

修験者の唱える言葉らしい。大山詣りの人々も唱えていたんだね。

大山は古くから神仏習合の霊山(金次郎くんが教えてくれたね)。悟空たちもまずお寺に着いて、それから神社に木太刀を納め御参りしてた。こないだ私もお寺にも寄れば良かったな。


ぐらついてるな世界が。

まさに現代。そこで、蝶だけを見る。

「よく蝶を捕まえましたね」って大山祇神様に誉められたね悟空の兄貴。

「軽口を叩きながらもやる時はやる、並大抵の人間ではありませんね」「この者たちは人ではありませんから」「どうりで心持ちが明鏡止水」みたいなこと言ってたかな?


「この地に未練が残るということは、私たち神々にとっても愉快なことですよ」と大山祇神様、あ私にも言ってくれたって感じられて嬉しくなった

横浜もだけど、橋本・小田原・横須賀を訪ねて、大山もだね、歩いて観光して美味しいもの食べて、思い出(もちろん芝居を観た劇場の思い出も)ができた。座組みの皆さんだってきっと私と同じだったよな。道祖神様や土地の神々も悦んでくださっているかしら☺️


大三島の楠。大山祇神社いつか訪れたい。


圭史さんのアフト、演劇を成立させる観客の想像力、スゴイのはお客さんなんですよって話、白輪園長の「本当にスゴイのは動物たちですよ👍」と重なってしまったわ😆


プロジェクトとしてはどうだったんだろう?地元の人たちに観てもらえた、地元の人たちを劇場に呼び込むことができた、という実績にはなったのかしら?

私は初日の時は「えー私そんなに神奈川に思い入れ無いんですけど」と戸惑ったけど、そこで訪問者としてその土地ごと楽しむという姿勢を定めたから、愛しいものがどんどん増えていく結果になった。その地を訪れたという経験自体が思い入れになっていく。大千穐楽の今日までに確実に思い入れが増えて(出来て)いる。

ただ、アフト中に圭史さんがこういう「軽演劇」の対として「高尚」という語を遣ったことには違和感を覚えた。高尚なものが解らない人には簡単なものを観せておきましょう、みたいな考えが透けて見えるような気がするのはいただけないし、そもそも須らく演劇は "高尚"なものなんかじゃないと言った方が良いんじゃないかと思うけど。


http://web-dorama.jugem.jp/?eid=998

コミュニケーションツールとしての演劇ね。そう、今このコロナ禍における制限下では折角のこの企画が本来やりたいようにできず勿体ない。もっともっと交流できる筈よ。前にも書いたけど以前のgmn5みたいにやったらいいよ。あと、地元の人と交わって演劇を作るってさんぴんじゃん!

そうね、KAATで始まった頃はコロナ情勢がかなりヤバい時だったんだもんね。成河さんの開幕メールを読み返してて思い出したわ。こんな時になにをって言ってたもんなぁ。劇場に来てみてくださーいも旅しましょーも言うのが憚られる、こっちも遠慮しちゃうような状況下でこの企画は酷だった。でもまぁとにかく第一弾として生み出した意義はあるんだろうな。KAATと各劇場とのラインもできただろうし。


ちょっと各地の公共劇場のスケジュールを見ると、まあまあ埋まってるみたいだけど殆どが音楽イベントなんだよね。音楽をやってる人って多いんだな。でもコンサートを聴きに行くことが一般に根付いているかと言えばそんなこともないよね。まぁ演劇はもっとマイナーだということか。

こう見ると世田パブって特異なんだな。演劇用の劇場として作られ機能している、新国は国立だし芸劇やKAATやさい芸は都立県立だけど世田パブは区立よ?すごくね?

『手紙』2回目

この世界にたった二人だけの兄弟

良大くんとspiくんのハーモニー美しいなぁ。

この二人があんなふうになっていくなんてという悲しみが既に😢


spiくんの剛志、イカしたお兄ちゃんだよね。少年時代、不良グループに入っちゃったんだろうな。お母さんを泣かせてた。大人になってからは繋がりを持つような友達や知り合いを作ることなく過ごしてたんだな。

無垢すぎて愚かで。今や、ボロボロになったずぶ濡れの捨て犬のよう。

みんな俺のせいで苦しむ。こんな俺のせいで。でも何がいけないのか、どうしたらいいのか、少年の頃から今もずっとわからなくて教えてくれる人もいなくて。

周りが見えてない、と先輩囚人カワサキに言われてたけど、何だろうなほんとに何も学習しないまま大きくなっちゃったというか。あゝ、弟を大学にって、それができたらお母さんに赦してもらえるという思いだったかもしれないな。

なんであんなこと思い出したんだ、甘栗のことなんて覚えてなければよかったのに、って直貴は言うけど、いやいや、仮に殺人に至らなかったとして盗んだ金で進学したのだと後で知ったらどうよ?殺人は偶発的だったかもしれないけど盗みには入ってるからね、愛する弟を汚し苦しめてしまうことにはなったでしょ。一方的で迷惑な愛情。そんなことにも思い至ることができない想像力の欠如。そうだね、忠夫に手紙を送り続けたこともそうだし、最後にやっと剛志はコミュニケーションにおいて必要なことを学んで、歩き出したんだ。


良大くんの細やかな"受けの芝居"を堪能できるよねこの作品!特に1幕、台詞を発さず何か(誰か)を見てる時間が結構ある。

剛志の犯行シーンで後ろ(裁判の傍聴席だね)に居る直貴は可哀想で耐え難いよ甘栗で「え?」ってなるのとか。この時には兄への全幅の信頼と言うか、強い繋がりのある弟という姿を見せてる。

ライブのシーンは、聴きながら(ちんまり膝を揃えてるのも超かわいいけど)音楽に胸打たれ変化していくの。まるまる2曲分だから結構長時間ずっとその様子を見ちゃうよ。

社長の言葉には顔クシャクシャにしてたな。

あとそうだ、spiくんと背中合わせに立つシーンが最初の頃とラスト近くの2回あるけど、その時spiくんを感じてる良大くんの背中の感覚が伝わってきたりする。


ライブ後、階段を登って行った直貴と、その下の刑務所の日常。上と下がクッキリ。


竜兄のカワサキ、獄中で人知れずものすごい苦しんでた。なんか達観してるような人なのかと思ってたけどそんなことない。やっぱり手紙を唯一の手段として誰かとの繋がりに縋ってるんだ。ちょっと『教誨師』の組長を思い出した。箱に腹ばいでもたれかかって若者と一緒にエロ本見てる姿勢はかわゆかったな(後ろ姿のお尻)

直貴の担任教師からの手紙を読む剛志に、お前なんでそんなことすんだよ、弟はお前に居場所知られたくないんだろうって、お前だってわかってんだろ、とまるで自分のことのようにツラそうな顔で詰め寄るカワサキ。そんなわけないです兄弟だから、と真顔で答える剛志にゾッとしてしまったよ😨カワサキは苦しみながら離婚届に判も押しそれは妻を救うことになるし自分が受ける罰だということも理解して耐えてる。お前も受け容れて耐えろなんて言うことはできないけど😢塀の外には違う時間が流れ現実が在るのだということをちょいちょい諭してやってはいたけど。

それを理解してしまったらこいつ壊れてしまうだろうと、ナイーヴな剛志を心配もしてるんだよね😢


扉。

壁だらけ。


今日の下手端席の良かったのは真ん前に竜兄の電機屋さんが立ってくれたことダンスも割とずっと近くで見れた。竜兄ガン見してるところに良大くんがカットインしてきてハッとしちゃう自分ウケる🤣


もちろん社長にも倉庫奥の登場から釘付け。(そう言えば良大くん作業着似合うよね)

社長の言葉、歌、今日も沁みた。

繋がりを断たれること、罰、社会的な死


正々堂々は履き違いだ、差別のない世の中を夢見るんじゃなく足下をしっかり見て踏ん張れと社長に言われたこと、

三重唱の其々の思い、

解るなんて容易く言えないけど突き刺さる。のし掛かる。本当に答え出せない。

直貴があらゆる立場を経験してるのエグすぎるよ😢

答え出せないのは苦しいけど、一つのことしか知らなくて他を考えもせず簡単に答え出しちゃうことの方が怖いとは思う。


社長の歌と、直貴が光を浴びてひとりで噛みしめるように歌うGet Over Myself の後は拍手したいよなー。


無音のImagineが流れる中での兄弟の視線のみでの邂逅、spiくんの嗚咽、強張った顔で目を見開き歯を食いしばり真っ直ぐ前を見据えての客席下手通路退場。よく見えて苦しかったから、直後カテコに現れたspiくんの満面の笑顔に本当に救われた。ありがとうね😭


観終わってしばらくの間ホント苦しくてね、ぐったりしちゃう。ツライツライとツイートして、あ、これ誉めてるんだけど伝わるかしらと心配になってしまった😅

いろんな立場や視点を体感することのできる演劇。それを若い子たちにこそ観てもらいたいからこのキャスティングなんでしょうね。しかしミュ歌唱とポップス歌唱の違いがよくわかる。GOMは同じ歌を7メンたちと良大くんが歌うから歴然。言葉が入ってくるのは良大くんだけど、ロックバンドのボーカルがあれだと確かにカッコよくないよな。


社長と直貴の「差別は当然なんだよ」「当然ですか!?💢」という遣り取り、刺激的で印象に残るよね。この社長が嫌な奴に見えないことはすごく重要だし難しいと思うよ。

Imagineじゃなくてさって、そう言えば歌舞伎座で今「夢見る力」とか言ってるのと真逆なんだよな。

そう、Imagineが決して鳴らないじゃんこの劇。決して実現なんかしないってことなんですわ。


不思議朝起きたら急に紗穂ちゃん朝美のソロ曲のメロディが頭の中に湧いてきて回り始めた。もう何日も経ってるし、ソングブックの歌詞を見ててもメロディ思い出せてなかったし、かと言って一所懸命思い出そうとしてた訳でもないのに。

同時に、♪これが最後の願いです これが最後の手紙ですも良大くんの声で思い出されて「てーがーみーでーすー」と「かーぞーくーさーえー」のとこってなんか葬送曲みたいだよなぁとふと思ったりした。

『冒険者たち』小田原公演

来たぜ小田原!

冒険者たち』@小田原三の丸ホール。お城のすぐ傍、オープンしてまだ半年か。外観も内装もスタイリッシュ。商業施設臭がしないのが良い。

小ホールはだいぶ急勾配になった客席から見下ろす形。前説で成河さん曰く、これは西洋の"公共劇場"の形だと😊

座席幅もゆったりだけど足元がこんなに広いの初めてだ。

ちびっこが結構いるなと思ったら子ども料金があったんだね。素晴らしい。

開場時は御囃子が鳴ってるし、開演中にちびっこやおばさんがザワザワしててもそういうもんだなって思える空気。そんくらいの感じで観れるえんげき。私たちファンにとっても新鮮よ。

無事再開できて良かったよね。


今日は音楽をよく聴くデーにしよ♪角銅さんの手元とかも見易いし♪とか思ってたけど、やっぱ成河さんを観れるのってなんかすごい嬉しくて、結局目で追っちゃったな


区役所職員の後とか、ひゅっと神様然とした佇まいと表情になって、そして消えていくの。


河童好きだよーっ!客にヒャーって反応されてたよね👍

俄然目久尻川に行きたくなってるw


なんか概念的なことについて"気にしぃ"玄奘に、あなたさっきからそういうのばっかりね、ちゃんと現実を見据えた方がいいんじゃない?って言ってたよね。空海のシーンの遣り取りには笑っちゃう。スターに会えると思って海とか光らせちゃってってショボンとする(青い光も消える)のかわゆい。

でもホント、ここ笑えるシーンだけど実はすごく示唆に富んだ話をしてるよなー。"意識とか"目覚める"(啓蒙)って必ずしも善ではなくない?とか。('近代化"のこととか考えてるからね)


金次郎くん愛しいね。

あ、目が上がったって晴々した顔。

開演前に御参りしてきましたけどね、尊徳になってからのお姿もちゃんと銅像になってたよ☺️


長塚さんと角銅さんでプロモイベントに来たのは知ってたけど、その時「悟浄歎異」を読んで音楽とセッションしたそうで、いいなー観たかったな!

お師匠さんが死ぬことなんてない、もし死んだら?その時は俺は居ない。そんなふうに普通に言えて、ただ蝶だけを見て経を読む、悟空まぶしいよね。ね、悟浄。


現代のスピード感神様の話をちゃんと聴くには時間が掛かりますよってことかしら。

話を最後まで聴かず動き出しちゃう悟空たちに金次郎が「子どもかよ!」と言うの、ちびっこたちウケてたね🤣


神様たちに先導してもらったりせず、自分の心と脚で、冒険するんだよな。

土地に未練を残すなんてのも神様たちから見たら愉快なものですって。大山祇神さまのこの御言葉、なんかグッときた。

嗚呼、執着上等!って思った。


http://web-dorama.jugem.jp/?eid=996

いま このときを のがさない

ただ のがさない


http://web-dorama.jugem.jp/?eid=997

🥰🥰🥰


うー俄然神様に会いたくなって、大山阿夫利神社に行きたくなってる😆

行ってきた!大山詣り

悟空と悟浄が担いでた(振り回してた)納太刀のこととか分かったし、そもそも江戸時代に大山信仰が普及したのは小田原征伐時に北条方として武装していた僧兵が下山させられてというところに端を発してるって、繋がったりもした♪

山頂に御坐す大山祇神に思いを寄せたけど、そっか劇中でも言ってたようにホントの居場所は大三島大山祇神社だね☺️


それにしても神仏習合って興味深いな。ずっとそれでやってきてたのを明治以降分離させたんだもんね。近代化。それ以前の精神性との齟齬。それこそ「悟浄歎異」の世界。"近代演劇"とかの話にもなるよ。

そっか、"八幡大菩薩"って言われてみれば確かに。神と仏を同一視することは指摘されないとわからないほど普通にやってるかも。

そう言えば三蔵法師大山祇神が一緒に箱根の湯にでも浸かりましょうかと言ってるのもそんなにすごくエッ!?て驚くようなことでもなく受け取ってるもんねぇ。

あ、もしかして三蔵法師が「やめて!意識しちゃうから」みたいなこと言ってるのってここら辺のことと関係ある?


おおらかさ、ね。

確かに我々は失っているわね。

ミュージカル『手紙』

初日㊗️

思い入れのある作品に推しが出るって尊い。良大くんとspiくん、すごく絆の深い兄弟だったよ。最初の♪この世界に〜のフレーズでグッときたわ😭

わー天津甘栗とかレンコンの天ぷらとか思い出してまた🥺


竜兄!大家さんの大阪弁、からの♪人殺しの〜弟!のワンフレーズで歌がレベちで参った😳


三浦透子ちゃんはきれいな声だけどポップス歌唱で、なんか由美子がすごいスタイリッシュな子みたいな感じしちゃったな。


スペシウムのメンバー3人はライブのシーンがホントにライブなんだね。客席には彼らのファンと思しきお嬢さんたちが大勢。ミュージカルとか観るの初めてという人も多いんだろうな。私もそうだったけど「ミュージカルすげぇ!」って衝撃を受けることになったらいいね。


紗穂ちゃん朝美の歌と聴き入る良大くんの表情で、音楽のおかげで直貴の世界が開けたのわかった。その後のスペシウムの演奏で動き出す勇気を得たのもよくわかったよ。

Get over myself 


大きな劇場になって、舞台床面とバルコニー上塀の中と外という対比がよりハッキリ見えるかも。

直貴には人生が積み上がっているのに、剛志の時間は止まったまま。

バルコニーの更に上方、音楽を得た直貴の後ろにはイマジンの青空が広がっていて、直貴は羽ばたいて行きたいのに。


光夫さんの剛志をどうしたって思い出しちゃうけど、思慮の無さ、悪気のない自分勝手さ、気づけない哀れさ、純粋過ぎる心と大きな身体が制御できずに凶器となってしまう感じ、spiくんからも存分に感じ取れた。もちろん歌唱は素晴らしいし!


そういえば良大くん高校生の制服姿まだまだいけまっせ😆(もっくんは確か白いパーカーだったよね) 前髪フルダウンでノーワックスなヘアも直貴らしくて良き。


2幕はそうだそうだ前髪も上げてスーツになるんだ。電機屋さんソング懐かしいなぁチラシもらったなぁ☺️良大くんダンスいいじゃんと思って見てたのにふと竜兄が目に入って以降すっかり視線奪われてしまった!キレッキレやないかい!脚めっちゃ上がっとる!流石や!


そしてそして、社長すげぇ。

直貴に"現実"を教える、大人としてとても誠実な姿勢。

現実は厳しいけど、でも、人と繋がって生きてゆくのだと、希望を伝えてあげたいから直貴に会いに来たんだよね。

ここだけは歌終わりに拍手せずにはいられなかった。

後には、正々堂々開き直っているのは相手に負担を強いていることになるとか、差別という問題について本当に凄く現実的なことを言ってくれる。


手紙

剛志にとっては唯一の窓で、直貴にとって剛志の手紙は足枷で、でもそれによって由美子と繋がった、由美子から社長へ届けられた手紙は希望になった。被害者家族が受け取る・送る手紙、手紙に込める想い、受け取った相手に生じる気持ち

コミュニケーションというものの繊細さ。

ラスト兄弟は互いに背を向け別々の方向へ歩いて行くんだね。客席を歩いてくるのは兄なんだなぁ。光の道に見えたからあれは直貴じゃないのかなーと思ったんだけど。


ははん、兄弟の別れ、か。

兄は他者と出会い共生していくことができるのか、ってそうか、だから兄は客席を通るのか。

パンフの藤田さんの言葉。最後に201617のカンパニーに謝辞を送っているのがグッとくる。光夫さんの存在、大きかったよね。


ひゃー!竜兄がデスミュのとき良大くんに直貴やればいいのにと言ってたって!ちゃんと評価してもらえてるんだね。なんか嬉しいなー。


ソングブック嬉しい。三重唱の其々の歌詞たまらんね😭


『ミュージカル「手紙」2022』感動作が開幕しました!

三月大歌舞伎 第一部『新・三国志』

開幕いたしますのアナウンスから「ん?」てなり、生ではない和楽器ではない音楽とか客電が全部落ちることとかいつもの歌舞伎座と違う。幕の中から聴こえる「お待ちどうさまです」から始まるいつもの感じとは違う。そんなところから、台詞・ホン・演出すべてに渡って体感的にとても"現代劇"だった。


「夢見る力」がテーマだったり、女子どもが蔑ろにされることに非を唱えたり、これは現代の作家が今この時代に上演するものとして書いたホンだ。

しかしそうなってくると、なんだあのみんなで想い人を発表するボーイズクラブ的シーンは?とか、黄忠ジジイ勝手に孫娘を関平ちゃんにあげるとか言うなとか、関平ちゃんが父と劉備(玉蘭)を心の夫婦だと思ってたって複雑な気持ちじゃなかったですか?とか(あ、関平は養子なのかにしてもね)劉備の柔和さや優美さ=女性の性質でそれは男たちが護ってやるものでみたいな価値観が見え隠れして多くの観客にそれが違和感なく受け入れられているのだろうということが気持ち悪いなと思ったり、そんな視点になってきちゃうんだよね。

更にどんどん現代劇として観てると、なんかこんなに説明的に展開していくのダサいなぁ児童劇みたいだなぁとか思えてきちゃったりもする。

顕著なのが、役者の見せ場とか引っ込みで拍手するかどうかが微妙、ってことよね。そういう間を古典作品の上演ほど明らかに取ってないし、拍手するのって大向こうの代替だとすると"役者へ"だからさ、芝居を観る姿勢と役者を見る姿勢の違いとかさ。

そこらへんの鑑賞姿勢がどっちつかずで宙ぶらりんになってちょっと戸惑ってしまった。普通に歌舞伎として観れてればもっと素直に楽しいんだろうなーと思ったり。

猿之助さんと中車さんが関羽張飛で義兄弟だったり團子ちゃんが関平だったり青虎さん襲名に掛けた台詞があったり猿翁さんや初演からの縁(あぁ初演では亀治郎だった猿之助さんが関平をやったのね)を見たり、歌舞伎としてならそういう目線で楽しむこともできるんだけど。


これを歌舞伎で観る意味は?とか考えちゃうじゃん?今日観てて"歌舞伎だからこそ良かった"と思えたのは笑也さんの劉備(強い時)とけんけんの香渓が素敵😍だったことなんだよなー。

まぁ他の武将たちも歌舞伎役者ならではの重厚感ある美しさだったりするのかもしれないし、衣装の華麗さは流石だけどね。いつもの書き割りと違って特に桃園の美術は綺麗だったなー。地図や場所説明ト書きの映像はもうちょっと美術寄りにしてもいいのになぁと思った。

宙乗りもねぇ狐ちゃんみたいな躍動感なくてただヌーッと飛んでっただけだったからな。花吹雪は倍増だったけど。


最初さ、あれ?関羽張飛劉備に敬語じゃないの?劉備を戴いてる感がなくて違和感あるなと思ってたら、そういう翻案だったんだね。元々4時間くらいなのを短縮版にしてるらしいから、フルで観たら展開的にももっと丁寧に見えるかしら。


あ、密かに楽しみにしてた寿猿さんの華佗は外科手術しなかったねー😅曹操の死期を言って殺されちゃうだけだった。


チケットはすごく売れてる浅野和之さんとか扉座の俳優とかも出てるし、三国志だし、ドラマの猿之助さんや香川照之ファンとか、それこそ普段あまり歌舞伎を観ない人も結構観に来てるっぽいね。私もオグリから入ったけどさ、あのワーッ!歌舞伎すげぇ!という衝撃・感動がこの作品にはあるかな?笑也さんとけんけんの女方の素敵さは確かにそれだね。演出がもっとすごくできる筈!(今は制限もあるし仕方ない)と思っちゃうのかな。あ、脚本横内さんはオグリもワンピースもそうだったのか。オグリは元々歌舞伎で演じられてきてる物語の改変だから、その延長線上で、無理なく"現代の歌舞伎"になるんだわ。今回のはどちらかと言うと"歌舞伎の手法を取り入れた現代演劇"なんじゃないかな。友達が新感線ぽいと言ってたけど確かにそうだ。とても微妙なバランスの差異だけどね。

あ、でもこれ面白いね、ここには私がいったい何を"歌舞伎"だと思ってるかが出てるんだわ。

『冬のライオン』

喰えない人たちだらけの丁々発止な会話劇、面白かった。まーぁみんなよう喋る。

嘘ばっかり!本心は言葉とウラハラ!と見せながら、ん?今のは何気に本音なのか?と思わせるようなのが時々あるから観察が忙しい。あぁその言葉は本心からであってくれよと願ってしまうような期待してしまうような時もあったな。

言葉って有能であり、だからこそ厄介。

家族という関係性もマジ厄介。言外のところで分かり合えてる、通じてる、そんなふうに信じてしまいがちだから。そう言えば「わかってる」も多用されてたな。"私が実はこう思ってることをあいつはわかってることを私もわかってる"とか。


あんだけ嘘とか手のひら返しとか実はって言ってるけどホントのところはどうなの?みたいなことの連続で、最後までずっとそれで、何が本心なのかそうじゃないのか、マジでわかんないまま終わった。あらゆる言葉や態度に裏があるようにも思えてしまった。ジョンだっていつ豹変するかもとか思っちゃったよ。領土とか王権とかが絡んだ状況で個人的な欲や感情ってそんなに出るもんかねと思ったりもするし。あぁだから誰も決定打を打てないし問題解決できないのか。エレノアが時々「芝居」って言うけどそもそもこれ全部お芝居じゃんねーとか思い始めるともう何が何だか。


あぁ、私はね、やっぱり言葉を信じたいんだと思った。


パンフの小田島先生のページで関連歴史&地理のお勉強ができた。シェイクスピア史劇の時代との繋がりもね。

ヘンリー2世はプランタジネット朝の祖、リチャ2で終わるやつだ。

そっかあのジョンはやっぱり後のジョン王なのね。リチャードは獅子心王

今日の劇の舞台シノン城はフランスだし、あの人たち全員フランス人なんじゃんね。そういう時代だ。

ジョン王観たかったよぉーと、言ってみる。


蔵之介さんと高畑さんは流石。男女としての愛憎、歳をとった夫婦の空気感、武人・政治家として並び立っている感じ、互いの面目やプライド、闘い・言葉の応酬を実は楽しんでいるような雰囲気、すごくよく出ていた。

タイトルの「冬」は人生の冬つまり"老い"のことを言ってるみたいだけど、あのふたり毎年クリスマスや復活祭の度に幽閉を解いて/解かれて再会&闘いをまるで季節のイベントみたいに死ぬまで繰り返すのかしら。いつまでやるのかしら。できるのかしら。そのうち息子たちの方が強くなるよね。あらゆることが、どーにもならんのだと思う。彼ら自身の力や知恵では。いつしか、なるようになっていくんだ。それに甘んじている人たちだな、って見える。王様なのに。

連日ウクライナ情勢を見ている今、領土とか戦争とか言うのがとても現実的に感じられたりもして。ヘンリーが平和を望んでいることは本心であってくれ!人にはそういう良心があると信じたい😭と思うし、こんな痴話喧嘩が戦争になって兵や領民を巻き添えにするの勘弁してほしいよなって思う。


3人の王子たち+フランス王も其々キャラが濃くて見応えがあった。敬三さん台詞まわしがすごいカイナくんぽかったからニンマリしちゃったよ。なるほど父に屈折した愛情を持つ息子の役が続いてるってwパンフに「空鉄砲」という文字があってアガった。浅利くんとのシーンがジワジワ面白い。ジョン!て犬みたいに呼ぶのとか🤣浅利くんはあのキャラが嫌味なくできるのあっぱれだよね。自分のことジョンて言うんだよねー水田くんも何故かジワる白スーツ。和樹さんはビジュ素敵だし水田くんとのシーンにはキャッ❤️てなっちゃった。

パンフの4人対談めちゃくちゃ面白かった!


葵わかなちゃんも可憐でありながら凛として素敵だし、いやぁキャストが全員良いよね!これは素晴らしいことだよ。


1183年だっけ?日本では源平合戦の頃だなとも思った。



3/11  2回目の今日はL列下手から(下手は蔵さま和樹さん近い時が多くてお得♡)

引きで観たら、あの奥行が浅くてなんか平板だな(クリスマスツリーも薄っぺらいし)と思った舞台美術、段差も含めて、あ人形劇のセットって思った。こないだの萬斎ハムレットの劇中劇みたいなやつね。寓話っぽさを強く感じる。


1幕終わり辺りでエレノアが「1183年の野蛮人」なんて言ってたけど、これって現代目線からの客観的な台詞だよね。「愛せば世界は変えられるのに」みたいなこと言ってたな。


なんだろう、我々は本質的に、争いを生み出してしまう生き物なのだ。

愛されたいと望んでしまうし、我が子は殺せない。根本解決はできない。(子を産んでそういう中に自動的に参戦してしまうことを拒否したアレーは賢明だよね)

世界にはあらゆることがある希望以外。

死にたいうん、いずれ死ぬ。

地下牢に残り、絶望を受け容れ、微笑みながら寄り添うケダモノふたり。こんな地下牢みたいな世の中でね。強靭だね。(横濱吉三のラストじょじょさんとラサールさんが観覧車乗りに行こっかとか言いながら座ってたのと重なった)

ヘンリーとエレノアが並んで腰掛けてハァって疲れ切った深い溜息を一緒につくとこサイコーだなと思った。


多用されてたの「わかってる」じゃなくて「知ってる」だった。蔵さまと敬三さんが同じような位置(上手)で座って言ってたよね。僕を見てほしい!次男坊ジェフリー、切なかったな😢カーテン(バイユーのタペストリ)の手前で、憤然と歩くリチャードの後ろをピョンピョン追い掛けて行ったジョンから少し遅れて、ニヤニヤしながら歩いて来たと思ったらふと立ち止まりなんとも寂しい表情をするジェフリー😢

カテコでは敬三さん真正面だったしなんだか可愛らしい笑顔を見せてくれて嬉しかった。


和樹リチャード、フランス王が最初に登場したとき下手壁際に居たから、めっちゃ複雑な表情(厄介憎いでも会えて嬉しいとか?)してるのをガン見しちゃったよ😆

地下牢でのエレノアとの会話で「自然の摂理」の話が出てくるけど、これってエレノアは家族・血縁関係のことを言ってるのにリチャードは同性愛志向のことを言われた気がしてるのかな?エレノアもその含みも持たせてるのかな?エレノアは知ってたのか否か?

あと、ヘンリーは美しく優秀なリチャードをホントは傍に置きたかった、エレノアに取られて悲しかった、リチャードも父が呼んでくれさえしてたら母を振り切って行ったのに!とかすれ違いになってたの「何だよもう!」ってなるよね。ヘンリーがジョンを愛したのはきっとただの埋合わせ。ジョンも多分それは嗅ぎ取ってたよねと思うと切ない。いつも卑屈に背中を丸め物陰に行きがちなジョン。自信なんて全く無い。

逆にリチャードは、父からも母からも最大限愛されてるけどそれが自身の領土とか力とか優秀さとか美貌とかへの興味に見えちゃって仕方ないんだな。僕自身を見て!愛して!という渇望がある。スリミ彼を思い出すわ。

それにつけても相手にされないジェフリーが不憫だけど😢

戯曲リーディング『ハムレット』より To be, or Not to be,

萬斎さんの世田パブ芸術監督としての花道、しかも一夜限りの公演ってことで反射的にチケット取ったんだわ。


萬斎さん出てきた瞬間その身体の形だけでうわぁ😍ってなって、前説の最後にWho’s there!で暗転から劇が始まって、あぁ萬斎さん先王なのか謡って亡霊感すごいよなー手前にだらっと寝そべってたハムレットえ?え?萬斎さん?じゃなくてそっか裕基くんか!声(特に低い音の時)も抑揚も姿形(腰が細いし小尻だし脚の形も)も萬斎さんを思わせるところがめっちゃある+溢れる若さ!というのが尊いわ!クローディアス星さんだ😍ポローニアス吉見さんだぁサイコー🤣もぉ子午線思い出しちゃうじゃーん、てえ?ガートルードってよくよく声聴いたらあれ若村さん!?ひゃっ!フォーティンブラスは遠山くんじゃないの!(声張ったら分かった)きゃあ!見ればあのちっちゃい階段じゃん黒塗りに波模様の金蒔絵の動かすキャストたちもどうりで手慣れてるわ!奥の高い所に王の亡霊が出てくるけどあれ影身が立ってたとこじゃーん!ってもうわたし的には実質子午線だった🥰後で聞いたら実はほとんどオフィーリアの山崎薫さんと音楽の国広さん(森フォレご担当)以外は全員子午線メンバーだったんだわ。チケ取った時点では認識してたのかもしれんけどすっかり忘れてた😅直前には当パンとか見てなかったし、皆さんマスク着用だったからさ(ちょっと残念)、キャストが徐々に判明していくの面白かった。演助に桐山さんも入ってたのね。


カテコの時キャストの皆さん客席に向かって拍手を送ってくれた仕草と空気感がまんま子午線😭

「一音たりともおろそかにしない」のが萬斎さんの演出だってどなたかがアフトで言ってたけど、子午線メンバーは言葉を読むというか朗誦することに流石慣れていて、こっちも自ずとその態勢になるから、シェイクスピア調の台詞に違和感を感じないんだよね。

そう言えば裕基くん、ハムレットってなんでこんなに思ったこと全部言っちゃうんだろうとか、こんだけのこと2ページかけて言う!とか素直な印象を喋ってくれてニコニコしちゃったけど。型があってそれを習ってというところから始める伝統芸能と違う、自分で演技プランを持ってやってみてダメ出しもらってという作り方を新鮮に感じてるんだな。


"ハムレット俳優"ってやっぱあると思うんだけど、裕基くんのハムレットは観たいと思わせられるよ。そういう華というか資質を持っている。誰でもが持ってるわけではないそれが、彼には備わっていると思う。父王を萬斎さんがやるということも含めてね(クローディアスも2役で萬斎さんがやったら如何ですか?とかも思うわ)。裕基くん、今日のところはまだ終幕までずっと観客を惹きつけ続ける技量は要向上かなと思った(若村さんが教えてくれたけど裕基くんこれが狂言以外の初舞台だったんだ!)。でも持てるもので既に魅力的なハムレットに見えるって稀有なことだよね。


ラスト、横たえられたハムレット

「死んでるの?生きてるの!」

お客さんが入って初めて分かったこと成立したことがたくさんあるとキャストの皆さんが口々に言ってたし、萬斎さんが「皆さん生きているからここ劇場に来てる」と言ってて、

そう、生きている者たちが集って何かが生み出されるすごく有機的なエネルギーに満ちた場だよな劇場ってとしみじみ思ったり。


本公演へ繋げるためのトライアウトとしてのリーディング公演を自らの芸術監督在任中最後の公演にした萬斎さん、粋!世田パブへの置き土産ね。一演出家・一役者として戻って来ますって。カテコの音楽Get Backに思いを込めて(国広さんは本番直前に急に言われたとこぼしてたけどw)

若村さんが言ったように裕基くんの初舞台に立ち会えたこと、チーム萬斎によるこの作品の"産み出し"の一端を観客として担えたこと、皆さんとアフトも含め3時間みっちりこの場を共有できたこと、萬斎さんの20年に渡る世田パブでの歩みと新たな船出を一緒にお祝いできたこと、幸せだ。


当パンの萬斎さんや河合さんの文章を読んだらますますこの企画の今後が楽しみになった。ハムレットって今まで面白いと思ったことないんだけど、萬斎さんの現代劇視点(あらゆる二律背反の話だと。うんうん、そう言えば星さんクローディアスも祈るべきか祈らざるべきか悩んでたよね。クローディアスが極悪非道に見えないとかポローニアスにあんなにも親しみを感じるとか初めてだし、ハムレットは道化になりきれなくて周りを破滅させたという視点もなるほど!)・能狂言との親和性・父子で演じることによる意味合いの増幅これはなかなか面白い。

当パンと一緒にくれた小冊子「芸術監督 野村萬斎世田谷パブリックシアターでの20年」写真もたくさん載ってて嬉しい。

やば萬斎さんすげぇしかっこいいな😳

勢いで2003ハムレットオイディプスアテネ公演のDVDポチってしまった。

萬斎さんmeets木ノ下さんの鬼滅はぜっったい観るっ!!


わ!ふと見返した世田パブ子午線のサイトに

「人間の営みを俯瞰して眺める狂言的なマクロの視点」と「人間の精神性や情感に迫る能的なミクロの視点」で

って書いてあって、ほほー!と思った。そっかー笑えちゃうのはマクロ視点で、悩んだり悲しんだり沁みちゃったりするのはミクロ視点なんだ。なるほどなー。

マクロ視点になり切れなかったハムレットってことになる?


3/1 萬斎さんのハムレット2003DVDで。面白かった!やっぱね、台詞をちゃんと聴かせるのよ。萬斎さんと、クローディアスの鋼太郎さんが、その術に圧倒的に長けていると思った。長々と喋ってもうわすべらないし、そういう台詞を聴く身体も自然なの。ポローニアスの壌晴彦さんも自然だったし、軽妙で面白かったな。オールメールで、ガートルードの篠井さんめちゃくちゃ素敵。ホレイシオよこちんさん!劇中王妃は純米さんだった!世田パブロビーでの萬斎さんインタビューも入ってて嬉し。芸術監督就任して間もなくの頃だよね。これロンドンにも持って行ったんだなー。


3/2-3オイディプス王2004アテネ公演のDVDを。とにかくこの古代まんまの劇場すげぇ。蜷川さんも役者たちも下見でテンション上がりまくってたけどあれはアガるよ。萬斎さんたーこさん鋼太郎さん素敵だった。声の通りが圧倒的に良かったのは壌晴彦さんだったな。萬斎さん終演後の笑顔が清々しくてこれまた素敵だった。

考えたら35歳から芸術監督やってたってすごいよな。そこから20年間やってたのもすごいけど。若村さんが「同時代に生きて表現活動を一緒にやれてることが嬉しい」と言ってたけど、ホント凄い才気。


3/11 『まちがいの狂言DVD視た!これたぁのしぃー!「ややこしやー」は懐かしいもんね☺️「そも私とはなんじゃいな」ってずっと持ってる問いなんだわ。開演前からややこしやマンたちが世田パブの客席内うろうろして客と絡んでて楽しい。そろそろ時間だよみたいなアナウンスが萬斎さんの声で「ややこしやややこしや」とか!🤣芝居もずっとニコニコしながら視ちゃった。楽しいし魅せる。台詞から謡になるとこ、ミュージカル!?って思ったり。グローバルバージョンということで英語字幕も付いてて何気にそれが助けになったりもするwこれをロンドングローブでもやったんだね。これはウケるよ。太郎冠者の萬斎さんはめちゃくちゃお茶目❤️素晴らしい声と身体。

ほぉ作者の高橋康也さんはシェイクスピア研究者なんだね。河合先生の舅ですって!解説(前口上)に書いてある「自分は自分だという自信に揺さぶりを掛けてくる原型的ドラマとしての双子問題」「近代的自我の分裂の苦悩」とかめっちゃ面白い。