ずっとインプロやってるみたいよね。
建築家と皇帝なのか成河と岡健なのか…
何せふたりがあまりに楽しそうで!
それを楽しんだわ。
二人の間の目配せや思わず笑っちゃってるようなのもよく見えるし息づかいも聞こえるような前方席で、男ふたりの悪ふざけお遊びを本当に彼らの「た〜のしぃ〜っっ♪」っていう空気に包まれながら観たから、今日は物語の気持ち悪さをあまり感じなかった。不思議だね。
なんかさーやっぱ演劇って観るよりやるべきものなんじゃないかって悔しくさえなってくる。でも楽しそうなふたりを見てたらなんか元気出ちゃった。
「あまりに独りだ」
ひとりになると皇帝を置きたがるのかなぁ。
あの裁判劇は完全に演劇探偵メソッド(byカムカムミニキーナ)。
コメディアデラルテっぽさも?
食べて欲しいと言われて、こいつと同化する・こいつになるんだ…って思って、なのかな、すごい嬉しそうに笑顔になった建築家。
不気味な照明になってたけど。
皇帝を見下ろして。
愛する人と同化したい願望、ね…
愛するってなんだろう?
幸せになるってなんだろう?
…なんて、すごい大きな問いを思ってしまうね。
知りたい知りたい。世界の謎を解き明かしたい。哲学を教えてくれ、全能の皇帝!
崇高でいるために、独りであることを選ぶ。
でもやっぱり他者を求める。ひとりだと寂しいし、痒い所をかくことも磔の釘を打つこともできないから。
そしてやっぱり、他者は現れる。そのことは絶望でもあり救いでもある。
オペラのデュエットきれいでヤバい。
成河ママの子守唄みたいなのも美しい。
成河さんはキラキラ少年の他にもママや美しい女奴隷、イオカステ(惹きつけられた!)、ルキみたいな巻き舌もHASSみたいな演説の声もミセスヴァンダヴィアみたいな声も聴けるし、全部盛り。
最初に居なくなっちゃった後に下手の箱から出てくる時のニヤニヤドヤ顔最高w
岡健のガーターベルトはさ、平六なぜ脱いだ!?以上に、何故つけた!?だよなw
仮装?火葬?
遺言どおり母の衣装を着けて食べてやるのが俺がお前にしてやれる最後のことなんだからな、って、そしたら俺は漕ぎ出して行くんだって、あの時点では思ってたんだよね建築家。でもだんだん皇帝と口調や言葉が似てきて、脳味噌を啜ったり喰い尽くしてるうちに、動物や自然と心を通わせることができなくなってしまったし、すっかり皇帝になってしまった。
そう言えば、ふたりで障害物競走もしてたし戦争ごっこもしてたね。
一人語りで何か上手くいかないことを話してる時に背後の海に軍船や戦闘機が出てきたような気がしたけど。
そうそう、1幕の終わりでウワーッてなった後に幕が下りるでもなく岡健はひょっこり立ち上がって捌けて行くし成河さんはゴンドラ?を自分でキコキコハンドル回して引っ込めていくし、劇世界と現実が曖昧になってサイコーw
あ、そうだ。開演前と終演後、絵の描かれた幕が掛かってるけど材質が違うのね。開演前は黒いネット。終演後は少し光沢のあるような白い布。絵は同じ。人が1人いるよ。
実は皇帝と建築家は2人で1人なのかもという見方もできる。建築家は皇帝のイマジナリーフレンドみたいな感じかなとか。あるいは逆かな。
ふたりが何度か口づけのキスをするのが、何というか子どもの遊びっぽくてかえってエロいって言うか。"愛"の表現の形式としてやってみてる、それが結構琴線に触れちゃってんだなという感じに見えて。
ははん、同化願望とは一見隷属かのように見えるがそうではなく、強烈な支配欲(ウィルスのような、侵襲行為)だと書いてある記事を読んだ。なるほどなー。
心理学で言う「同一化」は、子どもの成長過程でもある。それの前段階である「取り入れ」って私も身に覚えあるわ。成河さんと同じ本読んでみたりさっ。